Designer’s voice

「本物の美」を引き出す人々の空間 日本ロレアル本社オフィスに見る、調和と多様性の融合

Photo:Nacasa & Partners Inc.

世界最大の化粧品会社、ロレアルグループの日本法人である日本ロレアル株式会社(本社・西新宿 以下「日本ロレアル」)。その歩みは長く、日本での事業を開始したのは1963年のことでした。2006年に新宿パークタワーへ本社を移転後、初の大規模改修となった今回のプロジェクトは、2023年度の日経ニューオフィス賞(クリエイティブ・オフィス賞)を受賞するなど、高い評価を獲得しています。空間の使い方や配分では、どのような効果を狙い、どうプランニングされていったのでしょう。また、ウィルクハーン製品を選択した理由とは。プロジェクト全体のデザイン監修を手掛けた株式会社ザ・デザイン・スタジオの富本亮太氏に伺いました。

日本の美は「四季」と「クラフトマンシップ」にある

――オフィスの改修にあたり、日本ロレアルからどのような要望があったのですか。

コロナ禍におけるプロジェクトだったこともあり、近い将来、オフィスに人を呼び戻したい狙いがありました。キーワードになったのは「コラボレーションの促進」や「人と人との交流」といった言葉です。

富本 亮太氏(株式会社ザ・デザイン・スタジオ)
Photo:Teppei Tanimoto

それに加えて私たちから提案したのは、やはり「美しさ」という要素でした。化粧品会社の生業(なりわい)とは、その人が持っている“本来の美しさ”を引き出すことだと思うのです。その精神をインテリアとしてどう表現するか。

導き出した答えが「日本の美」の解釈です。しかし彼らが求めるのは、ありきたりな障子に畳といった「和風モダン」な表現ではありません。日本の美の根底を突き詰めると、「四季」と「クラフトマンシップ」に行き着く。つまり、日本の豊かな自然であり、そこから人の手がつくり出すものだと考えました。

カフェスペースに備わるのは、日本の四季とクラフトマンシップが融合したランプシェード4種。いずれもアップサイクルされた素材が使われている。
Photo:Teppei Tanimoto

60の個室に、すべて異なる花の名を付けた

――2フロアを使った新しいオフィスは、どのようにレイアウトが決まったのでしょうか。

新宿パークタワーは3つの塔が連なる特殊な形をしています。そのためオフィスフロアに防火シャッターが多く、構造的に分断されて従業員同士のコミュニケーションが阻害されていました。そこで「端から端まで、美しい風を通そう」という合言葉のもと、業務ブロックごとに閉じず、ワンフロアをシームレスにつなげた設計にしています。

また、中心部に人が集まれる場を設けました。そこを囲むように、春夏秋冬の名前が付けられたブロックがあります。オフィス内をぐるりと移動すると季節が移り変わっていくのです。

オープンスペースだけでなく、2フロアに合計60の個室があります。それらの部屋には季節ごとの植物の名前が付けられ、インテリアがすべて違うのが特徴です。企業姿勢の「多様性」を象徴するだけでなく、従業員のみなさんがお気に入りの場所を見つけ、実用的に楽しんで使ってもらえています。

「春」のブロックにある「ピオニー(芍薬)」の部屋。芍薬の花にまつわる写真やグラフィック、香りなどのアイテムが壁面ディスプレイされている。室内のトーンはローズピンクが基調。「なかなか使いこなすのが難しい色」(富本氏)の空間に222 range Occoが採用された。
Photo:Teppei Tanimoto

多様性と同時に、グラフィックやプロダクトの配置などで「統一感」も持たせました。改修前のオフィスでは、仕事の効率が重視されるあまり、それらの類が置かれていませんでした。カフェのような休憩スペースも、仕事机のある場所から切り離されていたのです。

担当外のブランドが、どう売られているかわかる

――カフェがあるのとは別のフロアには、中心部に百貨店の化粧品売り場を再現したエリアがあり、とても目を引きます。

これは「ビューティーバレー」と名付けられた区画です。自社が持っている複数のブランドが、店頭でどのように販売されているか。従業員のみなさんが、自分の担当以外でも知ることができます。

日本ロレアルは成長を続ける企業として、買収や合併などで取り扱いブランドが年々増えています。いわば「多様な個性の集まり」ですが、それだけ統一が難しくなる。だから、オフィスの空間をなるべく分断をせず、自然にコラボレーションが促進される仕掛けを随所に盛り込んでいます。

2023年9月現在、18ブランドを展開する日本ロレアル。それらが隣り合って一堂に並んだ姿は壮観。什器や商品などもこまめに入れ替え、よりリアルな売り場が体感できる。
Photo:Teppei Tanimoto
立ち話以上、定例会議未満。ちょっとしたディスカッションに適した小空間を通路の途中に用意。まるで宿り木のように立ち寄れるスペースにOcco BSが配置された。
Photo:Nacasa & Partners Inc.

リモートワークは日常的になりましたが、日本ロレアルは従業員の6割がオフィスにいます。新しいオフィスでは、そのうち4〜5割がオープンなコラボレーションをするようになったそうです。ソロワークよりも、チームワークが重視される時代に合った空間になったと言えるでしょう。

ニュートラルな空間にふさわしいチェアの条件とは

――ビューティーバレーのちょうど中央に、ガラス張りの「ボードルーム」があります。他の部屋と雰囲気をあえて変えているのですね。

その通りです。唯一、花の名前を付けていない部屋が、このボードルームです。経営にあたって重要な判断が議論される場ですから、なるべく「中立的」なデザインとなるように心がけました。

窓の外に高層ビル群を望むボードルームは、白を基調とするニュートラルな空間。家具に重厚感を持たせつつ、過度に硬質的な雰囲気とならないよう、壁に貼られたシルクが室内の光を拡散させている。ブラックレザー張りの290 range Solaがテーブルを囲む。
Photo:Nacasa & Partners Inc.

室外にある「ZENガーデン」の方向からズラリと見えるのは、経営陣が腰掛けるチェアの後ろ姿です。そのため背面の佇まいが重要でした。ビューティーバレーを見るとわかりますが、ハイエンドブランドは「黒」を基調にしたものが多い。同様のイメージをボードルームにも持ち込みたかったのです。

ボードルームのテーブル上部に据えられた照明は、クラフトマンシップの賜物である。表面に貼られているのは、本来は着物に使われる奄美地方の伝統技法「泥染め」で黒く染めた木材。照明メーカーであるYAMAGIWAと金井志人氏(金井工芸)/TIMBERCREWの合作だ。
Photo:Teppei Tanimoto

今回のプロジェクトには、本当にたくさんの種類のアイテムが使われています。いわばプロダクトのメーカーがいて初めて実現できた表現なので、私たちはメーカーのみなさんと一緒に作り上げた感覚です。最終的にどのような空間になっているのか、ぜひ実際にご覧になっていただきたいですね。

富本亮太 / Ryota Tomimoto

1967年の創業以来、半世紀以上に渡ってオフィスデザインを手掛けている株式会社ザ・デザイン・スタジオでデザイン・チーム・リーダーおよびシニアプロジェクト・デザイナーを務める。日経ニューオフィス賞、グッドデザイン賞など受賞多数。

インタビュー・文:神吉弘邦 Interview and text:Hirokuni Kanki